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映画のこと・映像のこと

あの映画のココに注目 暑いということ!

今年の夏は暑かった。酷く暑かった。うっかり電車の弱冷房車に飛び込もうなら、心底自分を恨み、責めるくらい暑かった。 暑いといえば、是枝裕和監督の『万引き家族』の夏は暑かった。

うだるような暑い夏がそこにあった。暑さを演出するために、ワセリンをぬって汗びかりをつくったり、霧吹きで脇汗つくったり、あれこれ試すものだが、そういう意味以上に、暑かった。演じる俳優と登場人物、それが渾然一体となってそこにあったからこそうみだされた暑さだったのだろう。

その点、山田洋二監督の暑さは少し違う。

子ども心に残っているのは、『息子』のオープニング。手元に作品がなく見返しようがないのだけど、ひとりの男が、陽炎のたちのぼる坂道を重い荷を担いで進む姿だ。あれは暑かった。「万引き家族」の暑さに対し、「汗多めで」と注文したような脂っこさだ。

負けていないのが伊丹十三の「マルサの女2」。静かな山田「夏」にくらべて伊丹「夏」は脂っこいだけでなく騒々しい暑さだ。

それで思い出したのが、黒澤明監督の「酔いどれ天使」。天下の黒澤明、ただ暑いのではない。息が白くなるほど暑いのだ。

名優・志村喬が演じる、貧乏医師・真田が夜、縁側で着物の前をはだけて、うちわでパタパタやっている。今でいうスラムの、悪臭放つため池のほとりの夏だ。医師がしゃべるにたびに、そのやるせない思いは、真っ暗な闇に、白い息となって広がり、そして消えるのだ……というわけでは当然なく、息が白いのはただ単に撮影現場が真冬だったからだ。

世代的に映画館ではなくビデオ視聴だったので、見終わったあと巻き戻しをして確認したことはいうまでもない。だが、それと分かっていても邪魔になることはなかった。志村喬がうちわの風を己の懐に送るたびに移動するぬるい空気、やるせない暑さ、それは確かにそこにあったのだ。ただ、実家の効きのわるいエアコンの影響もあったのかもしれないのだが。

『酔い天使』、作品としてとてもすばらしいので、ぜひ一度、ご覧ください。